平岡研究室では,分子自己集合に残されている3つの未解決問題に取り組んでいます。
(1) 分子自己集合がどのようにして起こるのか?
分子自己集合という現象が見つかって以来、この美しい現象がどのように起こるのかという、形成機構については長らく謎のままでした。我々の研究室では、2014年から自己集合性金属錯体を題材に、この問題に取り組み、QASAP (Quantitative Analysis of Self-Assembly Process) という独自の解析手法を開発し、これを利用して、これまでにカプセル型、カゴ型、環状型などの自己集合体の形成機構を明らかにしてきました。これにより、多くの分子自己集合が通常の化学反応と異なり、様々な経路を経て進行することが明らかになりました。我々の研究室の目標は、多数の自己集合体の形成機構の解明を通して、分子自己集合を支配する原理をあぶり出すことです。自己集合性金属錯体の形成機構を調べている研究グループは世界で我々の研究室だけで、現在、QASAPを利用して世界中の研究者との共同研究を進めています。
(2) 分子ほぞ:弱くて方向性の乏しい分子間相互作用だけを使って一義安定自己集合体を形成できるのか?
秩序立った分子自己集合体を形成するためには、分子間相互作用の方向性に関する情報を構成要素にどのように組み込むかにかかっています。分子間相互作用の中にはvan der Waals (vdW) 力のように方向性に乏しく、さらにその力も弱い力があります。しかし、自然界ではvdW力が効率よく利用されている例があります。我々の研究室では、vdW力や疎水効果といった化学結合の方向性を欠いた弱い相互作用を使って、一義安定自己集合体を形成することを試みています。化学結合に方向性がないために、これを補うために、分子に凹凸表面をデザインしこれらの噛み合いにより方向性とともに安定性を獲得できるようにしました。これは、釘や接着剤を使わずに木材を噛み合わせる「ほぞ」と言われる方法と似ており、「分子ほぞ」と名付けています。分子ほぞを使うことで、vdW力のような弱い相互作用しか利用していないにも関わらず、水中で150 °C以上でも安定な一義自己集合体を形成できることがわかりました。この研究における目標は、分子ほぞをデザインする原理を確立し、あらゆる分子自己集合体を分子ほぞで形成できるようにすることです。
(3) 散逸自己集合系の構築
分子自己集合という現象は、本質的に化学平衡下にあり、自己集合が完了した状態は静的です。上記(1)の分子自己集合がどのように起こるのかという問いは、化学平衡に至るまでの動的な過程を知ろうとする試みです。分子自己集合は生命システムに重要な役割を果たしていますが、分子自己集合体は生命システムではありません。生命活動は、外部からエネルギーを取り込み、これを消費することで、エネルギー的に不安定な状態を作り、常に平衡状態から逃れようとすることと言えます。このように、外部からエネルギーを取り入れることで、自己集合化した状態を維持したり,集合化と分解が繰り返されたりする動的な自己集合系(散逸自己集合系)は生命システムに近いことから、このような系を人工的に作ることで、生命システムに対する分子論的理解がより深まったり、分子機械として機能すると考えられます。最近、我々は熱エネルギーを使って、一過的に化学平衡から離れた状態を作り、秩序状態と無秩序状態を行き来する化学システムを構築しましたが、今後は他のエネルギー源を使い、より複雑な化学システムを構築しようと試みています。